東京日記

痛々しさをつめこむ+現実的になるためのメモ

アイデンティティと大学生

発達心理学において、大学生はアイデンティティを模索し、確立へと近づけていく時期とされている。自意識のあり方や将来への意識、そして困っていることや気がかりなことなど、去年の秋以来の私のもやもやの大部分はアイデンティティを確かなものにする過程にありがちなしんどさなのだろう。


去年の夏に新たな自我のようなものを発見してから、世界は大きく変わった。「自分」というものの輪郭がはっきりし、今までにない解放感と将来への希望に胸をときめかせた。いいことかと思いきや、自分を特別だと思いたい過剰な自意識と時折訪れる万能感、それに対する自己憐憫と感情に従った結果の怠け癖。憂鬱に浸り努力ができないことに特別な理由を探していた。


今がまた正念場である。現実に向き合い、自分の生に対する責任を負う覚悟を決め、一歩ずつ道を歩んでいかなくてはならない。


もう少し具体的には、進路を絞り実現するための長期計画を立て、その時々の感情に左右されず継続してやるべきことをこなしていけるような仕組みをつくる。感情に左右されないで行動を続けるために、現実的で建設的な考え方を訓練する。


やるぞ。これが去年の夏みたいにハイになった結果でなければいいけど…というような受動的な考え方ではなくて、秋に憂鬱になろうが太って外に出たくなくなろうが、とにかく動き続けられるような仕組みを少しずつ作り上げていこう。少し前までこだわっていた思考力や倫理観より、現実に適切に対処するスキルの方がよっぽど大切に今は思える。けれど、生きるに当たって大事にしたい価値みたいなものはスキルを磨くだけでは一部しか見つけられないだろうから、行動しながら考えるのが大事。


これからこのブログでは動いた結果気づいたこと、試してみたいことを記録していこうかな。新たな痛々しさを開拓しよう!


はい、ブログによる現実逃避終わり。明日の準備してさっさと寝るぞ。